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事例紹介

フレイル・生活習慣病予防に向けた新たな給食事業の展開

広島駅弁当株式会社

(1)背景・経緯

「明日の食卓」ロゴ

広島駅弁当は、1901年創業の老舗駅弁当メーカーである。「地域に根ざした食文化企業」を標榜し、原爆の惨禍を乗り越え、広島の歴史とともに歩んできた。同社の事業は、駅弁当を中心に、時代の要請に合わせて、仕出し、配食サービス、給食事業、ケータリングなど多様なデリバリー形態に広がってきたが、2000年代以降の人口減少・少子高齢化といった社会構造の変化とともに、市場縮小の大きな波に直面している。そうした中、メインブランドの「ひろしま駅弁」、高級路線の「あじろや厨房」に続く第3のブランドとして同社が注力しているのが「明日の食卓」事業である。

「明日の食卓」は、人生100年時代と言われる健康長寿社会に食の面から寄与することを目指した新たな給食事業である。広島大学未病・予防医科学共創研究所との産学連携により、医学的・栄養学的なアプローチから、「明日の健康」につながるメニューの開発・提供を行っている。
広島駅弁当が「明日の食卓」のメニュー開発に着手したのは5年前の2017年である。広島大学病院の田妻副院長(当時)とのつながりから、管理栄養士なども加わり、同病院との共同研究がスタートした。以降、広島大学未病・予防医科学共創研究所との連携に発展し、2年前の2020年から「明日の食卓」として本格的な事業展開を開始して、すでに同社の売上の2割弱を占める事業へ成長している。

(2)事業コンセプト

「明日の食卓」が対象とする給食市場(社員食堂、病院、学校、事業所等への食事の配食)は、弁当・配食事業の中では数少ない成長市場と言われ、国内では5兆円規模を有する。これまで自前で食事提供してきた施設では、施設運営の効率化と品質向上の両立が求められ、外部の専門企業の活用ニーズが高まっている。特に高齢者施設では、利用者の増加と健康意識の高まりにより、市場の伸びしろが大きい。

「明日の食卓」が具体的にターゲットとしているのは、「高齢者施設」、「在宅高齢者」、「企業・事業所」、「スーパー・ドラッグストア」の4領域である。「高齢者施設」と「在宅高齢者」は利用者のほとんどを75歳以上が占めているが、「企業・事業所」は30~50歳代の働き盛りが中心で、「スーパー・ドラッグストア」はもっと幅広い年齢層が対象となる。これら対象とする年齢層の違いによって、メニューや価格帯は異なっているが、「医学的・栄養学的なアプローチによる、明日の健康につながる、おいしい食卓」というコンセプトは共通したものとなっている。これにより、食事を取る利用者に対して、フレイルや生活習慣病の予防・改善という新たな価値を提供している。
一方、施設に対しては、簡単・完全調理済み食材を日々提供することにより、毎日の献立作成や食材の発注、食材の下処理や調理、形態調整等に要する労力・時間を実質ゼロにすることが可能であり、水光熱費の削減にもつながるなど、施設運営のコスト削減、スタッフの負担軽減を可能にしている。
こうした健康面での価値と設運営面での価値の両方を提供しているのが「明日の食卓」の強みである。

(3)実施方策・活用資源

「明日の食卓」事業の推進を支える方策・資源としては、以下の4つが挙げられる。

① 広島大学未病・予防医科学共創研究所との産学連携

「明日の食卓」チラシ

「明日の食卓」の機能的な価値を支えているのが、広島大学名誉教授の杉山政則教授が所長を務める、広島大学未病・予防医科学共創研究所との産学連携である。「明日の食卓」のチラシでは、同研究所との連携がPRされており、ブランド価値の一翼も担っている。広島駅弁当は2020年度から3年契約で同研究所に寄付講座を開設し、共同研究を進めている。

同研究所との産学連携の核となっているのが植物乳酸菌を活用した機能性の確保である。同研究所の杉山所長は植物乳酸菌研究の第一人者であり、さまざまな特徴を持つ1千株以上の乳酸菌株を保有している。これらを活かし、例えばサバイバル乳酸菌とも呼ばれる植物乳酸菌G-15株(GABA)を食材に混ぜ合わせるとともに、乳酸菌のえさとなって腸内環境を整える食物繊維を一定量確保することにより、高血圧やストレス、腸内環境が気になる人に対して、免疫力向上等の機能的価値の提供を可能にしている。こうした医科学的アプローチと栄養学的アプローチの組み合わせによって、科学的根拠に基づいた機能性表示食品としての提供を進めていくことが、「明日の食卓」の中核的な施策となっている。

② IoT機器による高齢者の状態把握

「明日の食卓」がコンセプトとして掲げているフレイルや生活習慣病の予防・改善を実現するためには、食事を取った利用者の状態把握・評価が欠かせない。定量的・客観的な評価を行うためには、IoT機器の活用が必要となるが、食品製造事業者である広島駅弁当にはそうした技術・ノウハウはない。そこで活用したのが、総務省の「IoTサービス創出支援事業(2018年度)」である。「高齢者の栄養改善・虚弱予防支援」をテーマに、食事を中心とした介入により、高齢者の低栄養状態・フレイル状態の予防対策を試行した。使用したIoT機器は、体組成センサー、嚥下センサー、舌圧センサーの3つである。これらを使用して300名の高齢者を対象に、部位別の筋肉量や体脂肪率、口の動き、最大舌圧などを定期的に測定し、データを記録・蓄積した。食事の献立はタンパク質やビタミンDを中心としたメニューを新たに開発し、実際に食べた量を10段階で把握して、それをもとに摂取カロリーや摂取栄養素等を記録した。その結果、低栄養状態の高齢者の割合を15%、フレイル状態の高齢者の割合を7%削減させることに成功した。こうした成果がフレイルや生活習慣病に対する「明日の食卓」の客観的・定量的な予防・改善効果を裏付けている。

なお、こうしたIoT機器による高齢者の栄養状態・フレイル状態の把握は、継続的に実施することで、個々の状態に合わせた食事メニューの改善や介入指導につなげられるが、そうした対応は十分に行われていないのが現状である。厚生労働省では、「エビデンスに基づいた医療」が実践されてきた医療分野を参考に、科学的裏付けに基づく介護(科学的介護)の方針を2019年に取りまとめ、介護保険における栄養アセスメント加算を行うなどの対応を進めている。そうした潮流を踏まえ、広島駅弁当では、地域の高齢者施設や情報システム会社等と連携し、地域単位で高齢者の継続的な状態把握とデータの蓄積・活用を行う仕組みづくりを求めている。

③ 民設民営による学校給食事業の受託

広島アグリフードサービス外観

「明日の食卓」で新たに給食事業を行う上で、設備面での基盤となったのが、広島市からの学校給食事業の受託である。学校給食事業では、民間の資金・ノウハウを活用するため、PFI方式が検討されることも少なくないが、2015年に実施した学校給食委託事業の公募において、広島市は全国で初めて「民設民営」方式を導入した。これを受けて、広島駅弁当では2016年に運営子会社の広島アグリフードサービスを設立し、ファンドからの出資も活用して、翌年には業界屈指の設備・規模を持つ新工場を広島市内で稼働させた。

民設民営であるため、学校給食で稼働する年間190日以外の期間は、事業者側で効果的な活用を図ることが可能である。広島駅弁当では、この民設民営ならではの付帯事業(学校給食以外の事業)を有効活用することで、高齢者施設向け給食事業に着手し、「明日の食卓」事業へと展開した。これにより、冷凍配送が主体の大手企業に対して、配送エリアはやや狭くなるものの、チルドで再現性の高いおいしい食事を製造・供給することが可能となっている。学校給食事業で整備した最新鋭の設備が、「明日の食卓」事業でも存分に活かされている。

④ 既存の弁当事業のノウハウ・ネットワークの活用

こうしたハード面だけでなく、広島駅弁当が培ってきたノウハウ・ネットワークといったソフト面も「明日の食卓」事業の支えとなっている。例えば、広島大学との連携テーマともなっている植物乳酸菌については、そのまま食材に混ぜ合わせただけでは、食材の風味を損なってしまう。乳酸菌による機能性と食品としてのおいしさをどう両立させるか、ここに広島駅弁当が長年培ってきた食品製造事業者としてのノウハウが活かされている。また、量販店・ドラッグストア向けの販売では、これまでの弁当事業で培った取引ネットワークがベースとなっている。同時に、これまで下請け的な仕事になりがちだった量販店・ドラッグストア向け販売において、新たな付加価値を持つ「明日の食卓」は、メーカーとしての立ち位置を向上させる上での重要な切り札として期待されている。

(4)収益確保のポイント・目標

「明日の食卓」事業の推進を支えるこれらの方策・資源は、メニューの高付加価値化や製造の効率化に直接的・間接的に結び付いている。特に「広島大学未病・予防医科学共創研究所との産学連携」と「民設民営による学校給食事業の受託」は、事業の高付加価値化、製造効率化を図る上で重要なポイントとなっている。
広島駅弁当では、これらの取り組みを推し進め、「明日 の食卓」を最も大きな事業の柱に育てていく意向である。