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事例紹介

クラウドを活用した細胞培養の新たな品質管理ソリューションの提案

株式会社イノテック

(1)背景・経緯

イノテックは、広島市にある画像処理技術を強みとする品質管理システムの開発企業である。精密測定機器商社の子会社として1996年に設立され、自動車やパソコン、携帯電話などの精密機器の検査をする品質管理ソフトの開発や光学機器・測定機器と連動した特注システムの開発・販売を手がけてきた。

工業用に特化し、設立後10年は順調に業績を伸ばしてきたが、2008年のリーマンショックで売上げが急減、新たな事業の柱の創出に迫られた。そのとき、新たな成長領域として医療分野に着目し、新規参入製品として開発したのが変形性膝関節症診断支援システム「KOACAD」である。イノテックによる広島工業大学の特許利用をたまたま耳にした東京大学TLOが、自身が管理する東京大学の特許使用権の譲渡をイノテックに打診してきたのがきっかけとなった。「KOACAD」は軟骨の位置を自動的に認識して幅等を定量的に計測するもので、マイクロソフト社の2010年のイノベーションアワードを受賞するなど、イノテックが医療分野へ事業展開する土台となった。

その後、クラウド型サービス事業への転換を模索する中で、知己の大手ベンチャーキャピタルの仲介により、今度は名古屋大学が保有する特許技術を活用して新たなシステム開発を行う機会を得た。こうして2018年に検討を始め、2021年よりサービス提供を開始したのが細胞培養の品質管理システム「AiCELLEX」である。「KOACAD」とはアプローチする領域・ターゲットが異なるが、サービス提供開始から1年弱の間に4大学・6社と利用契約を締結し、今年度5千万円の売り上げを見込むなど、順調な滑り出しを見せている。

(2)事業コンセプト

AiCELLEXのサービス機能

「AiCELLEX」は、間葉系幹細胞やiPS細胞など、再生医療に使用される万能細胞の培養において、培養画像データによる「記録」・「比較」・「予測」を可能にするクラウド型サービスで、細胞培養を行う大学・研究機関および民間企業を主なターゲットとしている。一般に再生医療では、患者等から採取した細胞の培養を行うが、培養細胞の管理・評価は熟練の技師による目視検査に頼っているのが現状で、検査の過程で細胞がダメージを受けたり、判定を誤って目的の収量が得られないリスクがある。

これに対し、「AiCELLEX」は、培養途中の画像のみを使用して、細胞の出し入れによる品質劣化を招くことなく、細胞の品質を培養途中で客観的に管理・評価することを可能にした。細胞の画像をクラウドにアップロードするだけで、高度な検索アルゴリズムでデータベースから最も似た形の画像データとその培養情報を抽出し、品質の判定結果として顧客の手元に返すことができる。これにより、顧客は“生もの”である細胞の品質管理のコストや手間を減らしつつ、培養が失敗に終わるリスクを低減させることが可能となった。細胞製造が日常的かつ大量になるほど、その効力・価値は高まる。今後は広く細胞を活用する産業への横展開も期待される。

(3)実施方策・活用資源

こうしたイノテックの「AiCELLEX」事業を支える方策・資源としては、以下の4つが挙げられる。

① 細胞の品質管理研究の第一人者との連携

AiCELLEXの解析レポート画面

「AiCELLEX」事業の技術的基盤を提供し、再生医療分野への展開で重要な役割を果たしているのが、名古屋大学大学院創薬科学研究科の加藤竜司准教授との連携である。加藤准教授は細胞画像情報解析を用いた細胞品質評価研究の第一人者で、「AiCELLEX」の基盤となった特許技術の開発者でもある。「AiCELLEX」は名古屋大学で蓄積された10億枚にも及ぶ細胞画像のデータベースを活用して検索・評価を行っているが、その際、細胞の特徴量をあたかも人間の指紋認証のように、細胞全体の姿形で捉え、これを定量化している点に特徴があり、AiCELLEXを支える特許技術となっている。

加藤准教授は当初、この技術をもとに起業を検討していたものの、事業化のノウハウが足りず、一方、事業ノウハウは有しているものの、先端的な解析評価技術を持ち合わせていなかったイノテックと出会い、うまく融合する形で、「AiCELLEX」の事業化が実現した。なお、「AiCELLEX」はAi(人工知能)、Cell(細胞)、Lextion(辞書)の3つの単語を掛け合わせた造語である。

また、加藤准教授は再生医療分野の有力企業にも技術的なサポートやアドバイスを行うなど、業界での地名度も高い。再生医療業界では無名のイノテックにとっては、認知度向上の面でも貴重なパートナーとなっている。

② クラウドをベースとした一気通貫の事業展開

「AiCELLEX」はクラウドをベースとしたサービス提供のビジネスモデルを採用している。細胞培養装置の大手メーカーなどでは、装置の付帯ソフトとして細胞の培養管理に関わる機能を提供しているところもあるが、独立したクラウド型の品質管理システムは、今のところ「AiCELLEX」以外に見当たらない。ユーザーとしても、1アカウントからサービスを利用でき、柔軟な機能選択が可能なクラウドサービスは、導入の敷居が低く、使い勝手がよいと言える。そのため、資金的な余裕が少なく、活用の頻度やボリュームも相対的に少ない大学・研究機関などにも活用が広がっている。

画像処理を得意とするイノテックにとっては、クラウド技術は未知の領域だったが、インフラ構築のプログラマーを新たに採用し、これに対応した。イノテックでは「AiCELLEX」で構築したクラウド基盤を自社の他領域にも広げ、SaaSサービスを拡充していく意向である。

③ 再生医療関連学会・展示会の有効活用

再生医療分野に新規参入し、加藤准教授以外に有力なコネクションを持たないイノテックにとって、再生医療関連学会・展示会への出展は認知度向上の有力な手段となった。特に、国内の再生医療関連の研究者が大規模に集う「日本再生医療学会」と、再生医療の業界団体である再生医療イノベーションフォーラムが主催し、有力企業が数多く出展する「再生医療JAPAN」への出展は、装置メーカーや細胞培養企業、大学との関係構築のきっかけとなり、以降の契約につながっている。また、出展に加え、加藤准教授が作成した10本以上の論文をもとに積極的に報告・発表を行うことで、有効性に係るエビデンスを構築し、システムの信頼性を高めている。

一般に、学会や展示会への出展で一定の認知を得るには、最低でも3年程度続けて出展する必要があると言われ、医療系は特にそのハードルが高いが、業界での知名度が高い加藤准教授との連携は、そのハードルも引き下げることにも貢献したと言える。

④ 工業用で培った画像処理技術の応用

AiCELLEXの業務フロー

顧客からクラウドにアップロードされる細胞画像は、さまざまな環境下で撮影されるため、効果的な解析を行うためには、画像の前処理が重要なポイントとなる。「AiCELLEX」では、画像の照明ムラやノイズを除去したり、細胞の形状をきれいに抜き取るなど、いくつものフィルタ処理(前処理)を行うことで、細胞の特徴量を効果的に抽出できるようにしている。

これらの処理では、イノテックが工業用の納入実績案件で培い、特許も取得している画像処理技術が有効活用されており、「AiCELLEX」の強みの一つとなっている。高度なアルゴリズムを実装した細胞画像解析は、工業用で鍛えてきた画像処理技術が強い足腰となって支えている。

 

(4)収益確保のポイント・目標

「AiCELLEX」事業の収益確保においては、大学・研究機関向けと企業向けの両面戦略がポイントとなる。培養量が少なく条件差も小さい大学・研究機関に対しては、クラウドサービスの特徴を活かし、「広く薄く」が基本戦略となり、海外市場の開拓も課題となる。このため、決済機能を強化して研究者が個人単位でサービスを利用できるようにするとともに、研究者同士が情報交換できるようなオンラインコミュニティの仕組みづくりも検討されている。

一方、培養量が多く、個々で培養環境・条件が異なる企業に対しては、ユーザーとの詳細なやり取りをもとに、条件に適した機能・設定を深堀りしていく形となる。このため、基本的には国内をターゲットに、機能追加やコンサルティングでサービスの付加価値を高めていく戦略が想定されている。

今後、細胞を使う業界は再生医療にとどまらず、化粧品や創薬、農畜産業(人工肉等)などに広がり、かつ大規模な製造が必要になると見込まれる。イノテックでは、これらの市場に積極的にアプローチし、「AiCELLEX」を多様な分野の細胞品質管理システムとして拡張展開していく意向である。